マイノリティ・センス

自閉スペクトラム症の個人的な表現・分析(聴覚過敏多め)

スイレン

〈定位〉から考える聴覚過敏8 選択的に注意するものは何か

 自閉症スペクトラムの人は、ほんとうに音を選択して拾っていない(拾わされている)のでしょうか。何を基準にして、何を重要な手がかりにして、音を選択しているのでしょうか。ほかの自閉症スペクトラムの人の聴覚過敏については詳しく把握していないので、ここでも自分の体験をもとに考えたいと思います。

 
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 図1(A)は、選択的注意ができる人の聞こえ方のイメージです。性格によって細かい違いはあるでしょうが、大まかにはこういう感じではないかと想像します。布陣する壁が厚くて、そうそう雑音が四方八方から乱入することはなさそうです。壁の一部は、世界をつかもうとする意識の方向に向かってひらかれています。その受け口に集約されるように、情報が流れこんできます。

 

 図1(B)は、私の聞こえ方です。布陣する<第一陣><第二陣><第三陣>は薄くて穴があきやすいです。その壁を突き破って、三六〇度全方位から小さな音が侵入してきます。世界をつかもうとする意識は、前方だけでなく、側方にも後方にも向いています。ただ、夢中になれる対象に没頭できるときは、(A)に近い状態になります。

 

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図1 選択的注意ができる人とできない人の聞こえ方

 

 私はぼんやりと受け身の状態でいながら、何かを監視しています。多くの細かい刺激が壁を突き抜けて入ってきます。いまキャッチしなければならない「重要な音」は何でしょうか。そのふるいにかける前に、私には気になる音があります。それは、自分をおびやかす危険な音です。

 

 恐怖から音を拾っているのではないか? と気づきます。野生動物のように、いきなり襲われはしまいかと、防衛に力を割いているのです。これは、好きなものを発見する「前の段階」であり、その音が自分にとってほんとうに必要かどうかふるいにかける「前の段階」です。選択に至る「前の段階」で引っかかってしまっています。

 

 不安を引き起こすものをもう少し細かく見ていくと、動くもの、変化するものに反応している自分に気づきます。

 視覚で捉えた映像は、山や建物のように一見固定されているものもありますが、耳で細かく聞くと動いています。空間はぐらぐら揺らぎ、その振動が大地や大気に反響しているようです。

 聴覚は、目に見えるものも見えないものも、すべてが流動していく「気配」を聞きます。地上のあらゆる生物・無生物の関係(ネットワーク)が動いている音を聞きます。

 

 流動というものに、私は不安を覚えます。すべてのものが定常位置でとどまっていてほしいという願望とこだわりがあるためです。同じ位置をキープして、動かないでいてほしいのです。けれども、自分の秩序づけの力の及ばないところで、世界が無軌道、無定型に運動しています。ふと、どこかわからない遠い場所で、枯れ葉が地面に落ちました。鶏が鳴きました。誰かが野球のボールをバットで打ち返しました。その一瞬の世界の変動が、虫めがねで拡大された映像のように印象されて聴覚に投影されます。

 

 定常位置を求めるとはいえ、この世に変化しないものはなく、自分の体内ももちろん刻々と変化しています。けれども体表面を境界にした外界の変化は、内界の変化よりもはるかにめまぐるしくダイナミックであるように知覚され、対応できないのではないかと不安に襲われます。こうした変動への抵抗と摩擦、定常位置の転覆を驚愕する心が、<定位>を動揺させています。

 

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 過敏が先にあって変動への抵抗(定常位置へのこだわり)が生じるのでしょうか。変動への抵抗が先にあって過敏が生じるのでしょうか。

 

 ともかく「過敏である」ということは言えそうです。2つはほぼ同じ流れである気もします。けれども私には、わずかばかり先にこだわりが先行していて、定常位置へ同化するか異化するか選別する摩擦としての刺激が多くなっている気がします。

 

 重要な音は、まず刺激の選別がなされてからでなければ、選択はできません。それぐらい対応できそうもないと圧倒される刺激の数が多く、重要な音に行き着くのを邪魔します。けれども同時に、刺激の選別も重要な注意の選択です。防御壁を突き破るように侵入してくる音が危険なものなのか、このまま受動的にやり過ごせるのか、能動的に反応(レシーブ)しなければならないかを注視しているからです。

 

 選択的注意には、目立った刺激に受動的に向かう受動的注意(ボトムアップ注意)と、特定の意図にしたがって必ずしも目立たない刺激に向ける能動的注意(トップダウン注意)があるそうです4)

 

 夢中になれる対象が目の前になく、<夢中ガード>がはたらかない状態における私の注意は、目立った刺激よりも目立たない刺激に向かってこれを監視しながら、その「目立たなさがチカチカ目立つ」ために、受動と能動のおもりがかかった天秤の上でぐらついているようです。