マイノリティ・センス

自閉スペクトラム症の個人的な表現・分析(聴覚過敏多め)

スイレン

〈自閉〉と〈社会〉のはざまで(12) 中学時代6 ファンタジーへの没頭

◆趣味の世界に没頭する

 

 小学校高学年から絵を描くようになっていた私は、アートを皮切りに、小説、漫画、アニメ、ゲーム、音楽などの「趣味の世界」に熱中するようになった。それは尋常でない没頭ぶりだった。やりすぎるし、やめられないのだ。


 アウトドア派から一転して、インドア派になり、外出しなくなった。

 徹夜が続き、胃腸をはじめ、あちこち身体の具合が悪くなった。とくにゲームのやりすぎで、視力が急激に悪化した。

 得意だった運動も、急にできなくなった。小学時代の健康な肉体は、徐々に虚弱になっていった。

 

 身体を壊すまで「没頭しすぎる」性癖は、幼少期から現在まで、変わらず続いている。

 

 

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◆「物語の終わり」と「儀式」


 あるアニメを愛好し、没頭した。

 「物語の終わり」は、「人の死」のように悲しかった。最終回を迎えたある日、家庭科の授業中に裁縫の手を止め、うなだれていると、


「どうしたの天寧さん!?」


 突然、教壇から先生の大声が飛んできた。そこで我に返った。

 帰宅して、新品の下敷きを割り、机の引き出しに大事に「封印」した。悲しみを昇華させる「儀式」だった。

 

 

◆落差


 学科の成績は、得意な分野と苦手な分野の差が激しかった。

 国語と美術は、百点を取っていた。暗記科目は総じて点数が高かった。世界の首都を丸暗記したり、何十人もいる、小説の登場人物の名前と年齢を、すべて覚えたりした。

 しかし数学は、まるっきり、できなかった。

 


 クラスメイトは、私を「おかしな子」「ヘンな子」「面白い子」「マイペース」と評した。自分では「おかしく」しているつもりはないが、誰もがそう言った。小学時代の評価とまったく同じだ。

 

 心は神経症に暗く病んでいたのに、目に映る私の様子は、飄然と明るいものだったらしい。道化が功を奏したのか。そのおかげか、幸い、いじめられることはなかった。

 

 

◆うわの空

 

 一人の女友達ができた。彼女は私を気に入り、「友情の証」のつもりか、「煌子」と呼び捨てにした。しかし私は、やはり「うわの空」だった。人の感情――愛情が、友情がわからないのだ。

 彼女の名前を呼び捨てにする抵抗を感じた。心の距離が近すぎる。代わりに、名字で呼び捨てにすることで 〝友情を示した〟 。


 高校受験に 〝興味はなかった〟 。離人症的内面世界の夢想やら、絶望やらで、頭がいっぱいだった。

 試験の一週間前、担任の先生が、美術系の高校を勧めた。ぶっつけ本番で試験に臨み、合格した。喜び騒ぐ学生の中で、掲示された番号を無表情で眺めた。感情は何もなかった。