マイノリティ・センス

自閉スペクトラム症の個人的な表現・分析(聴覚過敏多め)

スイレン

詩「社会は私を生かし、そして殺した」

 社会の対極に、布置していた。

 しかし、社会はそこに私が居ることを、知らなかった。

 社会に布置させることが、幸福だと、思っていたのだ。

 

 

 

【社会は私を生かし、そして殺した】

 

社会は私を生かした

そして殺した

 

社会に殺されたことのない人は

そんなことを想像もできない人は

ただただ社会が善

社会が正義

社会が自分

自分を押し広げていけば

そのまま社会の正義になる

エゴを糊塗しながら

自分はそのまま社会になり

社会はそのまま自分になる

そんな特権に気づくこともなく

社会は自分の家と

うそぶける

 

社会からいちばん近い人は

社会の中に身を置いても

それは自分自身だから

自分が殺されることはない

殺されることを知らない

そうして社会からいちばん遠い人を

自分に取り込む過程で

引き裂いてしまう

 

社会からいちばん遠い遺伝子を持った

ある種の人は

社会を願いながら

強く強く願いながら

社会の傍で窒息する

社会からいちばん近い人に

自分をむしり取られる

社会さえなければ

自分が殺されずに

自分が自分でいられると

こっそり禁句を吐く

社会に殺されたことのない人は

そんな人の涙を

絶対に理解できない

想像だにできない

 

社会は私を生かした

自分を生かせるほどに

生かして社会になるほどに

そして社会は私を殺した

社会の存在しない世界で存在したい

と願うほどに

社会からいちばん遠い人の存在しない

世界で存在したい

と社会が願っているとしても無理はない

社会が社会からいちばん遠い人を殺す

社会からいちばん遠い人が社会を殺す

こんなものを背負って

存在できる者はだれもいない

存在できる者は

すでに殺した者か

殺された者なのだ

 

それゆえに

存在しない世界で存在したい

と願うのは自然なことだ

けれどももし

殺されることがないならば

自分が自分でいられるならば

社会で存在したい

と願うことはできるだろう

事実そうなのだ

 

どうすればいい?

あるいは? もしかして?――

 

 

 

社会は私を生かし、そして殺した



(2021.9.20)

---------------------------------

【ひとこと】

私が体験した極限的な状況を、いささか大げさな「詩の言葉」で表現したもの。
ほとんどの人は反感を覚えるだろう。
反感を覚えない人は、もしかしたら、「すでに殺された者」かもしれない。