ヒキコモルートアドベンチャー 5 ユスリカ蚊柱の死闘
すると今度は、ユスリカの大群が待ち構えていた。
春のユスリカときたら、一匹一匹は三ミリほどの昆虫でありながら、何百何千と隙なく白煙のごとき蚊柱を巻き上げる壮観は、じつに威圧的でおぞましい。コイツらは、そのか細く透明な図体で、一体何を食して生きているのだろうか? 文字通り霞でも食っているのだろうか?
ユスリカの白煙に突っ込むと、双方泣きを見るのは必至である。突っ込みたくはないが、狭い散歩道を陣取られているものだから、通過しないわけにはいかない。
一匹が目の中にダイブしてくる。小昆虫にとって眼液は毒らしく、即死である。即死とはいえ、死ぬまでに十数秒の間がある。そいつは息絶えるまで虚しく四肢をばたつかせ、だんだん動かなくなるのである。死の瞬間のリアルが目の前で、というよりじつに迷惑なことに、目の中で繰り広げられる。
なぜお前は突撃先が自分の死とわからないのだ!
ゴリゴリ、ゴリィッと僕の脳内音とともに、憐れな特攻者の足がもげ、霞のような肢体が眼液に溶解する。目の外にはみ出たユスリカの足を一本一本取り除きながら、僕は泣きそうである。お前はバカだ。ああ、死骸が眼球を転がる生々しい感触がなんともいえずホラーだ!
そのような無益な死闘をなんとしても避けたくて、帽子を目深にかぶり、横を向き、目線を真下に落とし、目を仏像のごとく半開きにして、そろりそろりとカニ歩きでユスリカの白煙をやりすごした。右手は顔の前を何度も払い、左手を帽子の鍔(つば)に添えて庇(ひさし)を延長する。
どうやら無事通過したらしい。
うっすら目を開くと、どこまでも白い点々が追ってくる。しつこい奴らだ。まさか僕の呼吸を察しているとでもいうのか!? なんという恐るべき好感度体表センサー。霞の奴、ホコリだか煙だか、生物だか無生物だか見分けがつかないくせに、侮れない生命力を持ってやがる。
僕は呼吸を完全停止して、カニ歩きしながら歩を速めた。