マイノリティ・センス

自閉スペクトラム症の個人的な表現・分析(聴覚過敏多め)

スイレン

聴覚過敏を伴った自閉症感覚とその能力(1) 体性感覚から伝わる人の意思

 スリランカ上座仏教には、〈印〉(または〈想〉。サンニャーと読む)という言葉がある。対象を認識するときに、他のものとの違いに気づく心の働きをいう。意味は印象impressionに近い。

 

Saññāとは、感じたものについて何か区別するために、印のようなものが生まれることです。

アルボムッレ・スマナサーラ『サンガ文庫 ブッダの実践心理学 アビダンマ講義シリーズ 第三巻 心所(心の中身)の分析』、サンガ、二〇一三年、四二頁)〉


 私の〈印〉は強大で、深い。心に押されるスタンプが強烈なのだ。

 

蝕phassaの衝撃

 

 とりわけ人の声から受け取る〈印〉は大きい。よく格闘漫画やゲームで、空気の波動でダメージを食らうシーンがあるが、あんな具合に衝撃を受ける。

 

phassaが大きい


 声には、私の魂に触れた瞬間の 〝感触〟 がある。ざらついた感じ。尖った感じ。固い感じ。ふわっとした感じ。

 ある人の声は、赤くてつやつやしたゴムのような表面が、ボヨンボヨンと張り出したり引っ込んだりしている。

 ある人の声は、水のように透明でさらさら流れている。

 ある人の声は、錆びた鉄の釘みたいに危なっかしい。

 

 新型コロナウイルスの第一波が来たとき、人々の声にはコロナウイルスの表面にある突起のようなものがあり、ふだんの一・四倍ほどガリガリ尖っていた。笑い声であっても行き場のないストレスが弾けているようだった。


 私にとって聴覚は、体性脊髄神経によって伝達される触覚、圧覚、温覚、冷覚、痛覚、運動感覚などの「体性感覚」に近いのである。

 

 私は声の 〝感触〟 から人の意思を感じる。人の心の中にある思いや感情が、声の調子や響きを通して私の中に雪崩(なだ)れ込んでくる。小さなため息を耳にするだけでも負の感情が生のまま押し寄せ、全身が鼓膜になって振動するようだ。

 

                   *


 聴覚が過敏になり、人の心にも敏感になった。聴覚の機能は聞くことだけではない。生活空間の中で自分の立ち位置を把握し、人(生物)との関係と距離を知覚するのだ。

 

 聴覚過敏とカルナー(仏教の概念で、人の苦しみをともにする心)が両輪で働くと、きめ細かい心遣いが可能になる。HSP(Highly sensitive person 感受性の強い人)で共感力の高い「エンパス」の人がいるが、それに近いか、あるいは同じであると思う。

 

 さらに、〈騒音描写〉ノート(『マイノリティ・センス』第十三章)を取りながら、服の柄や持ち物などの視覚情報も交えて声を解析すると、人の本質を透視できるようになる。その人がどのように自分と世界に向き合い、何を求めて生きているのか、心の軸となるものを感じるのだ。


 自閉症者のドナ・ウイリアムズも『自閉症という体験』で同じことを語っているが、生命には〈外殻〉〈核〉(いずれも私の造語)がある。〈外殻〉は生命が外の世界に接するときの最初の印象であり、ドナは「edge 縁」と呼んでいる。〈核〉は存在の志向性であり、生命を駆動しているエンジンの形である。生命の意思は〈核〉にあり、〈外殻〉の色や形や感触に影響を及ぼす。


 文字や会話から受け取ることばからも生命の〈外殻〉〈核〉を感じるが、やはり声音(こわね)の 〝感触〟 は大きい。滝が滝坪に雪崩れ込むようにドドッと叩きつけられるようだ。人の着ている服の色や柄も〈核〉の意思を伝えてくる。

 

 元号が令和になって一月たった頃、街に溢れる人々の声の変化を感じ取った。それは、平均から逸脱している人を発見し正す暴力を、狂騒で無理やり覆い隠しているような声だった。これまで以上に無感覚で思考停止する人々の群れ――ファシズムの気配(違っているかもしれない)である。

 こうして聴覚から社会動向を探ることもできる。

 

<続>