犠牲となった障害難民マイノリティたちへ【ADHD・S子との対話】
障害難民
ADHDのS子の部屋は、暖房の利きが悪く、凍えそうに寒かった。
聴覚過敏手記の冊子を、私は床に並べる。
「トラウマですよ、××事業所の。それで聴覚過敏なんです。フラッシュバックがひどくて買い物にも行けない。もうどこにも。ストレスで△△病も鬱も」
「△△病って歌手○○○○がなったやつ?」
「さあ、その人は知りませんけど。顔とかお腹とかブクブクでしょ。ステロイドで」
「障害難民やて、重複障害」
S子の言葉にピンときて、私は声のトーンを高める。
「それ! クマさんも同じようなことを言ってました。なんだったかなあ……超多重生活困窮者?」
「どの施設も断られた人がそうなるんや」
「そう、社会に受け皿がない。で、ひきこもりにしわ寄せが行く。社会の歪みを映す鏡」
「ひきこもりも仕分けしたほうがいい。ひきこもりでも発達障害の人、病気の人、ニートの人いろいろやろ?」
「あーそれ、クマさんも言ってました!」
「腹立つのは事業所を擁護する側や。発達障害や精神障害は偏見が凄いから、うちらのせいにされる」
うん、と私は頷く。
「目に見えない難病とかあるでね」
ぽろっとこぼしたS子の言葉に、私は身を乗り出す。
「そう、それ! どうすればいいんです?」
「みんな金。金だけ。儲けることしか考えてない。A型事業所は助成金下りるやろ? 国から」
「ああそれも手記に書きました」
「ろくに支援せずに民間に丸投げ。ビジネスやて貧困ビジネス」
「障害者ビジネスですね」
「昔は宗教やった、受け皿が。でもオウム事件で信用なくしたでしょ。今は貧困ビジネスが横行してる。社会に排除された弱者や障害者の弱みにつけこんで金儲けする」
「X就労支援事業所もそうですよね。昔行ってましたけど」
「あそこもう潰れたそうよ」
「えぇ!?」
「社長が考え合わない人切り捨てるからね。ついてけん人がY就労支援事業所つくったって」
「ははあ、それがあのY事業所だったんですか」
「事業所に言っても無駄」S子の舌鋒は鋭くなる。「苦情は国に言わないかん。A型事業所も就労支援事業所も国が認可したんやから。そう弁護士に言われた」
「国って……政府あんなんやないですか」
私は顔をしかめる。
「しかも支持してる人は……。政府と大衆。巨大な二つの権力に挟み撃ち」
「大事件が起きるまでわからんのや。犠牲者が出てやっと気づく」
「はぁ!? やめてくださいよ」
私はため息をついて、手記に手を伸ばす。
「ここにも書きましたけど。『お前が犠牲になったんや』って」
「弁護士に相談せな。権利侵害に気をつけなあかん。権利擁護や」
「ホントそうです」
国家権力の犠牲に
話題は聴覚過敏に移った。
「過敏って、線維筋痛症の人もおるやろ」
「ああ、それも近いですね。痛い」
「配慮できない人に腹が立つ。事業所の介護ヘルパーは質が悪い。デモシカや。選ぶ眼をもたなあかん。でも行政に相談しても『耳栓しやぁいい』ってなるやろ」
「はぁ!? そんなレベルじゃないですよ!」
私は声を荒げる。
「そんな問題じゃ……。冗談じゃない!」
「行政なんてなんッの解決にもならん。全然メリットない、得るものが!」
「得る」にアクセントを置いて、S子は苦虫をかみ潰す顔で吐き捨てる。クマさんと意気投合している、ある市民活動家の言葉を私は思い浮かべる。
〈行政だけではダメ。このままだと人が死んじゃう〉
行政関係者でも身を尽くして支援している人はいる。私は彼らの疲れ切った顔を思い出す。それでもままならない国の現実。
S子は再び聴覚過敏の話題に戻す。
「子どもの声は悪意あって出すわけじゃない。意図的じゃない」
「わかってますけど。子どもの権利はなぜ絶対的に優先されて、それで生活と健康を損なう人の人権は踏みにじられるんですか。みんなが疑問なく支持するあたりまえのものが、絶対的権力の最たるものじゃないですか」
「マイノリティやね。天寧さんみたいに音が嫌な人もほかにいるんやけど。飛行機がうるさいとか。でも国防よ。国家の安全優先。沖縄の人、国防のために犠牲を強いられているやろ」
「まったく同じことを第六章に書きました。沖縄の人もそうですよ。なんでもかんでも国防。その下の、見えないところで人が犠牲に…」
「マジョリティの、公が優先」
「踏みにじられるマイノリティの個? 勘弁してください」
「日米同盟でアメリカの言うこと聞かなあかんと。国家権力や。新聞にあったけど」
「それ何新聞ですか?」
「中日」
「うち朝日やから、右寄りあまりチェックできてないです。中日の意見として、国家権力に従わなあかんと?」
「違う。××裁判に負けたって記事」
「国家権力に従えと事業所の人に言われました。そのことも書いたけど」
私はまた手記に手を伸ばしてパラパラめくる。
超絶マイノリティの人権は
「どうやって人権を回復すればいいんですか」
「LGBTの人も声を上げ始めた」
「声を上げるLGBTの人は『たった一人』じゃないでしょう?」
「化学物質過敏症の人もいるやん、柔軟剤とかの。室外機の音とかで過敏な人も。ブログで発信するしかないんじゃない?」
「誰も見ませんよ。みんな関係ないから。自閉症はマイノリティかもしれないけど、そういう人はけっこういる。自閉症で重度の聴覚過敏はもっとマイノリティ。しかも私の症状は誰もいない」
「インパクトないと見ないよ」
「そんなのないですよ。見えないんですから。どうしたら認識してもらえるんですか」
「それこそヘルプマーク。杖や。私わざと杖ついて歩こうかと」
S子の姿を想像して、私は笑う。
「杖みたいな目に見えるものがないと認識してくれないんですか? 目に見えなくても障害があると想像できない。『眼』がない。どっちが盲目なんですか」
「障害者福祉センターに行ったら肢体不自由の人の補助道具は展示してあるのに、イヤーマフとか発達障害の道具ないでしょ。管理の問題で置けないって言われた」
「はぁ!? 管理ってなんですかそれ?」
「ADHDの人の当事者会あるけど、あそこは忘れ物が多いとか共通問題がある」
S子の話は次々に飛ぶ。
「その共通問題がない」私は脱力する。
「具体的にこう、『拘束された!』みたいなトラブルがないと、役所は取り上げてくれない。医者もメンドクサイからハンコ押すだけ」
「どうしたら声を聞いてくれるんですか? たった一人で……」
「LGBTの人は一人声を挙げて『私も私も』ってなったでしょ。理不尽な思いをした人が声を上げて、数集めてかんと」
「難しいですよ、滅茶苦茶マイノリティですから……。私しかいませんからね。LGBTの人の方がよっぽど仲間が多いですよ」
私はため息をついた。
超絶マイノリティの人は、いったいどうすればマジョリティに相手にしてもらえるのだろう……? 人権を認めてもらえるのだろう?
障害難民の犠牲者たちよ。超絶マイノリティよ。誰かいませんか?
マジョリティたちよ。どうか燃え尽きて消え入りそうな少数者の声を聞く耳を……。