ヒキコモルートアドベンチャー 2 赤い俊足
その男は散歩の途上で毎日すれ違う、背丈の低い近所の老人である。いつも赤や青の派手な原色のランニングシャツを着て早足で歩くか、走っている。赤いシャツを着用している確率が高いので「赤シャツ」と命名したいところだが、某名作のネーミング盗用になってはいけないので、「赤い俊足」と呼んでおく。
赤い俊足と僕は二年ほどの知り合いになる。最初の一年は、すれ違ってもお互い知らぬ者同士で、会釈すらしなかった。ところが顔見知りになるにつれ、彼は僕の姿を認めるや大きく手を広げて、
「あんたがおらんと寂しいわぁ」
と言ってポンと背中を叩き、やたらとかまってくるようになった。
僕は哲学者のように、歩きながら一人静かに考え事をしたかった。この穏やかな癒しの時間を誰にも邪魔されたくなかった。だから、話しかけられるのを鬱陶しく思いながら、軽く会釈だけしていた。
それがある日、彼はニコニコして言うのである。
「昨日、堤防の向こうからあんたを見とったよ。猫とじゃれとったやろ」
「ああ、そう言えば……」
なぜ奴が僕の行く手をマークしているのだ。
「俺とじゃれようか」
赤い俊足はいきなり右手を突き出し、握手してきた。軽い冗談のつもりだったのだろうが、僕は気持ち悪くて、思いきり手を振り払い、一目散に退散した。見ず知らずの老人から馴れ馴れしく触られるのも不快だが、猫と遊んでいる姿をずっと見られていたかと思うとぞっとした。
以来、赤い俊足を徹底的に避けているのである。僕の神聖なるヒキコモルートの危機だ!
悩みに悩んだ末、
「僕は馴れ馴れしくされるのが苦手なので、かまわないでください」
とメモ帳の紙片に短い手紙をしたためた。伝達可能な日本語か。文法は正確か。たかがメモ一枚のために二度も推敲して。
この一筆箋をズボンのポケットに忍ばせておいたのだが、結局彼とはち合わせる可能性を避けて、散歩の時間を一時間早めるようになった。