マイノリティ・センス

自閉スペクトラム症の個人的な表現・分析(聴覚過敏多め)

スイレン

開通―コミュニケーションの封鎖が解かれるまで― 3 少しずつ通じ始めた

 それから数日後、近所の歯科クリニックに出かけた。

 

 歯科衛生士から歯の磨き方を教わりながら、ことばを逐一ノートに書きとった。衛生士の舌は素早く回転して、台本がないのによくこんなにしゃべれるなと感心した。母国語であっても、ノート筆記しながらでなければ、即座に理解することはできなかった。

 それでも、うん、うんと頷いたり、「そうなんですかー」と適当に相づちを打ったりして、分かったフリをしているうちに、始めは空疎な演技だった会話の応酬に意味が流れ、その中に同化するような気がした。すると、断片化されたvoice(音声)はつながっていき、立体的な像をもって立ち上がってくるのだった。

 

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 さらに二週間後、印象的な出来事があった。

 

 以前から詩を書いていた私は、ある詩投稿掲示板を数年前からROM(リード・オンリー・メンバー。見るだけで参加しないこと)していた。その掲示板の重鎮kankanにコメントを送った。

 

 kankanは他人の作品をケチョンケチョンにけなす。詩作への向上心ゆえに、全身で投稿者に挑みかかる。近寄りがたい。下手な詩を発表したり、読みを誤ろうものなら、手ひどい痛罵を浴びせられるに違いない。それでも、彼女の詩作の姿勢には惹きつけられるものがあり、話しかけてみたいと思っていた。

 

 そんなある日、投稿された彼女の新作を何度か読み返してみた。そこには、ある目の病気のために視界が白濁していく哀切が描写されていた。コミュニケーションのチャンネルが閉ざされていく自分の心境に重なり、胸を突かれた。癖のある難解な詩だったが、意味が明瞭に伝わるように思った。ついにパソコンの向こうの見えない顔に向かって、詩の解釈と批評を述べたコメントを送信した。

 

 kankanから返事がきた。その文章を読んで総毛立った。いつも句点の代わりに欧文のピリオドを用いる独特の文体をもっているkankanは、己のスタイルを封印して、句点を使って返信してきたのだ。まるで居ずまいを正して、私に敬礼したかのように――。

 

 通じた!

 

 話しことばのvoiceを使わなくても、遠く離れた人間に意思を届け、受けとることができる――。

 

 封鎖された〈卵の殻〉の天空は、時空にかすかな揺らぎを生じ、台風の目のようなチャンネルの穴が穿たれた。その細いトンネルは、しゅうしゅうと何かの気体(エネルギー)を吐き出している。Kankanの意思はあそこからやってきた。もう少しだ、もう少しだ――。

 

 みずからを励ました。