マイノリティ・センス

自閉スペクトラム症の個人的な表現・分析(聴覚過敏多め)

スイレン

ヒキコモルートアドベンチャー 3 川辺のカモフラージュ

【前回までのあらすじ】

僕は散歩の途中、赤いランニングシャツを着た男が近づいてくるのを見た。

そいつは、僕にやたらかまってくる近所のニガテな老人だった。

僕はとっさに金木犀の茂みに身を隠し、堤防に出た。

 

 

 赤い俊足が散歩に出る時間は三時一〇分。調査済みである。現在、二時三〇分。彼はまだ家の中で待機しているはずだ。

 

 ――なのになんで、こんな時間に奴がうろついているんだ!?

 

 僕は堤防から茂みの向こうを窺った。

 金木犀の並木は、何気なく見ても裏手に人が隠れていると気づかないが、意識的に奥を透かして凝視すれば、人影を発見できないこともない。僕の姿を探されてはまずい。

 僕は川遊びに心を誘われるフリをして、堤防の斜面を這うように降りていった。茎が長く、ツンツン尖ったいかつい多年草が行く手を遮る。葉先が刺さって痛い。なんで家の近所でこんな冒険をしなければならないんだ。

 

 川辺に着くと、湿り気のある地面に軽く腰を下ろして、いかにも水面が綺麗だなあ、自然は素晴らしいなあと感心して眺めているナチュラリストを装った。水質が悪い川だが、近くで見ると透き通って見える。「ウム。汚染度が深刻でなくてよろしい」とかぼやきながら、右手で川の水を掬う。

 

 

f:id:amanekouko:20191111204703j:plain

 

 

 こうして水と戯れる演技をしながら、こっそり後ろを振り向いて、金木犀の奥を透かし見た。間もなく赤い俊足が通り過ぎるはずだ。

 

 ――アレッ? 遅いなあ。

 

 ずいぶん時間が経ったはずだが、赤い人影は見えない。岸辺に下りている間に通り過ぎたのだろうか?

 僕はしびれを切らせて堤防の上まで這って戻り、並木の抜け道まで歩いていった。恐る恐る上半身を小径に乗りだし、右に左に首を回して辺りを見渡した。奴の気配はない。

 すぐその場を立ち去り、足早にズンズン歩いた。運動場を迂回して、川の上流の、さっきとは場所の違う同じ堤防に足を踏み入れた。

 もう大丈夫だ。ほっと胸をなで下ろした。ヒキコモルート復帰である。